せれなのプロフィール

ぼくの名前は相川瑛太

ぼくの名前は相川瑛太
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ぼくの名前は相川瑛太(あいかわえいた)。杉久保小学校4年1組、出席番号1番。図書委員で、バスケットボールクラブに所属している。うちには幼稚園に通う妹がいて、お父さんとお母さん、そしてぼくの4人暮らしだ。

ぼくは、自分の名字が嫌いだ。「あいかわ」なんて、誰が付けたんだろう。名字は昔の人が付けたってお父さんが言ってたけど、ぼくは昔の人に訴えたい。もうちょっと、マシな名字をなんでつけてくれなかったの。

毎年春になると、ぼくは学校に行きたくなくなる。友達はみんな、クラス替えで何組になったとか、新しい担任は誰々先生とか、好きな子と同じクラスになったとか、結構楽しみにしている人が多い。でもぼくは、春が好きじゃない。

だって、春になると、決まって自己紹介があるんだ。新しいクラスメイトに向けて、ぼくの名前は相川瑛太です。好きな食べ物はかつ丼です。家では妹の世話をして大変だけど、休みの日に家族で出かけるのが好きです。って、毎回、このセリフを言うんだ。

そしてぼくは、必ず最初に席を立つ。
それはぼくが「あいかわ」だからだ。今まで、ぼくは出席番号1番以外になったことがない。
なにごとも、一番目はクラス中の注目を浴びる。
ぼくは、これがとても緊張する。なんで、みんな、ぼくを見るんだろう。

それに、名前も「瑛太」じゃなくて「亮太」ならよかった。だって、もし同じクラスにもう一人相川くんがいたら、ぼくは出席番号1番にならない可能性があるでしょ。

なんで名字が「あ」から始まる人は、一番目に自己紹介するんだろう。
それも、「男子」から。「わ」の名字の人からだったり、女子からでもいいと思うんだ。「男子」の「あ」からって、一体誰が決めたんだろう。

ぼくは、「相川くん」じゃなくて「渡辺くん」に生まれたかった。
「瑛太」じゃなくて「亮太」がよかった。

 

 

ある日の夜、いつものように夕食後にテレビを見ていたら、「臨時ニュースです!臨時ニュースです!」と慌てた顔のアナウンサーさんの顔が映った。

「たった今入った情報です!政府は、明日から、日本語の50音表の「あ」を、「ん」のあとに移動することにした模様です!くりかえします!政府は―――」

ぼくは、耳を疑った。何だって?「あいうえお」の「あ」が、明日から移動するって?50音表の「あいうえお」が「いうえお」になって、「わをん」は「わをんあ」になるっていうこと?!

ぼくが混乱していると、ソファに座っていたお父さんがゆっくりと口を開けた。

「ほう。ついにきたか。おい、瑛太、知ってるか?数年前から、日本中の「あ」から始まる名字の子供たちが、「あ」を「ん」のあとに移動するよう、署名を集めていたんだ。「あいうえお順」だといつも一番目に順番が来るから不公平だって言ってね。たくさんの子供たちの声を聞いて、これは何とかしようと思って、政治家たちは急いで法律を変えたんだ。子供たちの行動が日本を変えたんだよ。良かったな、瑛太。「あ」が最初にくるのが嫌だって、あんなに言ってたもんな。」

ぼくは全国の「あ」から始まる名字の子供たちが署名活動をしていることを知らなかったけれど、結果的にそれで法律が変わったのなら万々歳だ!

それに明日から変わるって?ちょうど、明日は始業式ではないか!
「あ」が移動したってことは、自己紹介の順番も変わるってことだよね。
もしかして、明日ぼくは男子の中で最後に席を立つってこと?

ぼくはまだちょっぴり信じられない気持ちがあったけど、一番目に自己紹介をするという緊張から解き放たれて、その日はいつも以上にぐっすりと眠ることができた。

 

 

 

翌朝、学校に着くと、5年生の新しいクラスが発表されていた。

ぼくの名前は、いつも一番上にある。1組でも2組でも3組でも、とにかく一番上を見ればいいんだ。でも、あれ?どこにもない。

あ、そっか。そういえば、昨日法律が変わったんだった。「あ」は、「ん」のあとにくることになったんだよな。ってことは、渡辺くんの下あたりかな・・・・あ!あった。渡辺健太くんの下に、相川瑛太って書いてある。5年1組、出席番号、18番!「1」以外の初めての番号に、僕は小躍りしたい気分になった。

教室に着くと、ぼくは入り口の前で立ち止まった。いつもは、前のドアを開けて真っすぐ進んだ、窓側の一番前の席が僕の席だったけど、今日はどこに座ったら良いんだろう。ぼくは久しぶりに黒板に貼ってある座席表を見た。なになに。廊下側の一番後ろの席だって!?
後ろの席は、席替えで最高のくじ運のときしか座れない特等席だよ。それが、初めからぼくに割り当てられてるなんて!最高だ!思わず、前の席の渡辺くんに「よろしくな!!!!」と叫んでしまった。

 

「あ」が最後の生活はとっても充実していた。

始業式の日の自己紹介も、ぼくより前の人たちの真似をすればいいから、楽だった。
授業中も、先生のつばが飛んでこないのは嬉しかった。
朝の出欠確認が始まったギリギリに席についても「はい元気です!」って返事ができるようになった。
身体測定で後ろの人を待たせちゃうというプレッシャーを感じなくてもよくなった。
それに何といっても、隣の席の女子が、密かに僕が好きな和田さんなのも最高だ。

このまま「あ」が最後の生活が続きますように!

 

 

ところがある日突然、問題が起きた。

教育実習生がくるということで、全員が簡単に自己紹介をすることになったのだけど、「はい、渡辺くん、ありがとうございました。では次は女子にいきます。」と、担任の先生はぼくの番を飛ばしてしまった。

ぼくは「ちょっと待ってください」と言おうとしたけれど、伊藤さんがしゃべり始めたからタイミングを逃してしまった。

そのあとも、宇田川さん、太田さん、笠原さん、木村さんと、どんどん女子の自己紹介が続き、ぼくが声をあげようとするたびに先に話されてしまう。

そして、誰もぼくの自己紹介が飛ばされたことに気が付いていないようだった。

武田さんが自己紹介をしている最中に、ぼくはこっそり隣の和田さんに聞いてみた。「ねぇ、先生ぼくのこと忘れてないかな?」

和田さんは視線を動かすことなく、ぼくの向こうのしゃべり終わった武田さんを見ていた。あれ、おかしいな。聞こえなかったのかな。

ぼくは前の席の渡辺くんの背中をつついてみたけれど、渡辺くんも何も反応をしない。

和田さんも渡辺くんも、いつもぼくが話しかけたらすぐ返事をしてくれるのに、今日はどうしたんだろう。

その後休み時間になってもう一度二人に話しかけてみたけど、二人ともぼくに返事をしてくれなかった。他の人や先生にも声をかけたけど、誰もぼくのことを見ようともしない。
そしてとうとう、その日は誰とも話さないまま家についた。

 

次の日も、そのまた次の日も、なぜか誰もぼくと話をしてくれない。
というより、みんなぼくの存在に気づいていない気がする。
まるでぼくは透明人間になったみたいだ。

どうしよう。ぼくは今、とても怖くてさみしい。

 

 

それからしばらくしたある日の夜、いつものように夕食後にテレビを見ていたら、臨時ニュースがはいった。

「臨時ニュースです!臨時ニュースです!先月決まった、「あ」を「ん」のあとに移動する法律ですが、全国各地で問題が発生したため、急きょ法律を元に戻すことにしました。明日から50音表の「あ」は「あいうえお」の順番になります。くりかえします――」

あとになってわかったのだけど、「あ」が「ん」のあとに移動したことによって、名字に「あ」がつく子ども達が困ったことになったようだった。

50音表は今までずっと「ん」で終わっていたため、「ん」は自分のあとに文字があることを嫌がった。しりとりでも「ん」がついたら終わりだ。
法律が変わった直後は「あ」は「ん」に負けないように自分の存在をアピールしていたけど、長年培ってきた「ん」の”これで終わり”という力には勝てなかった。そして、「あ」はだんだん周りから忘れられていき、しまいには存在が薄くなっていった。黒い絵の具に白を混ぜると白がゆっくり黒くなっていくように、「あ」も「ん」に吸い込まれそうになっていた。

大人たちは、日常生活で「あいうえお順」を使うことが少ないから、それでも特に影響はなかった。
しかし、「あいうえお順」で生活する人、つまり子供たちは大きな影響を受けた。出席番号が最後になった「あ」の名字の子供たちが、「ん」に吸収されそうな「あ」に伴って消えそうになったのだ。

 

もし、このまま僕が消えていったらどうなるのろう。

 

学校の友達とも先生とも話せない。
昼休みにケードロして遊べない。
僕の分の給食を取り分けてもらえない。
図書委員の仕事もできない。
バスケットボールクラブではパスが回ってこない。
和田さんに好きって言えない。

ぼくはずっと「あ」が最後になったら良いのになぁと思っていたけど、それでぼくが消えるのは嫌だ。

もしかして、ぼくが「相川じゃなければよかった」って思ってたから、先祖の人が怒って祟りが起きたのかもしれない。ああ、先祖の人たち、ごめんなさい。もう、渡辺くんがいいとか言わないから、ぼくを元に戻してください。

 

 

その日の晩、ぼくは不思議な夢を見た。

病室のようなところで、温かいタオルに包まって、優しい顔をした女の人に抱っこされている。女の人の隣には、笑顔の男の人もいる。

「ねぇ、いくつかある候補の中から、あなたは決めた?」
「実はね、僕はこの子を一目見たときから、これだ!って思うのがあるんだ。」
「あなたもなの!私もね、この子の顔を初めてみたときから、ああ、この名前がぴったりだって、思ったの」
「じゃあ、せーので一緒に言おうか。せーのっ」

「「瑛太」」

ああ、この声は、お父さんとお母さんだ。ぼくが生まれた日の会話みたいだ。
そういえば、ぼくがお母さんのおなかの中にいるときから、二人はぼくの名前をたくさん考えてくれてたんだよね。こういう願いを込めたいね、って二人が一緒に笑ってたのを、ぼくは知っている。毎日、たくさんの歌を歌ってくれたお母さんの声と、早く遊ぼうなと話しかけてくれたお父さんの声を覚えている。

相川という名字も、お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん、ひいじいちゃんひいばあちゃん、ひいひいじいちゃんひいひいばあちゃん……と、数えきれないほど昔から受け継いできたもので、その誰か1人でも欠けていたらぼくは今ここにいなかったかもしれない。

「名前」ってなかなか自分では変えられないけど、昔から受け継ぐ名字と、自分自身に付けられる名前、2つもあるって、かっこいいじゃん。

 

 

 

「あ」が元に戻ったその翌日、ぼくは緊張しながら教室に入り、廊下側の一番後ろの席に向かった。
けれど、そこにはすでに渡辺くんが座っていた。「おう!相川、おはよ!教室に入ってすぐこっちまできて、なんか用?」

ぼくは、いつもと変わらない、見慣れた窓側の一番前の席に座った。

ぼくの左には窓から見えるグラウンド、前は掲示板、斜め右には先生の教卓がある。振り返れば井川くんがいて、右の伊藤さんは「相川くん、おはよう」と笑ってくれた。

ああ。なんだか落ち着く。いつもの場所だ。

名字と下の名前、この2つがあって初めてぼくになる。
ぼくは「あいかわ えいた」でぼくなんだ。この名前だから、ぼくがぼくでいられるんだ。
誰にも代えられない、ぼくだけのもの。ぼくを表すたった1つのもの。
名前は、ぼくがこの世に生まれてきた証拠だ。

ぼくは、この名前が好き。

 

ぼくの名前は相川瑛太。杉久保小学校5年1組、出席番号1番。このクラスで最初に自己紹介するのは、ぼくだ。

さあみんな、このクラスの「一番目」はぼくに任せて。

 

 

 

 

 

2020年8月5日 note「#こんな学校あったらいいな」より

 

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